中学生や高校生にも多い水虫_恥ずかしくて隠したい体験談

最近では中学生や高校生にも多い水虫!もちろん自衛隊や看護師さん介護士さんにも!いつ、どのようにして感染したのか、水虫になって恥ずかしかったことは?友人や恋人に隠す方法やどのようにして治したのかについて、体験談を集めました。

高校生の時に父親から水虫感染!私の治療方法はこれ

f:id:secondhandcar:20170614165218j:plain

うつらないと安心しきっていた時に突然に

私の父親はもともと爪と足のかかとに水虫があって、小さいときから父親が足を酢につけたり、薬をぬっているのを見ていました。家は貧しく、二間の家に父親、母親、子ども3人の5人家族で暮らしていましたが、私が高校生にあがる15年間父親以外水虫にはなっていませんでした。

タオルやスリッパは5人別々で使っていましたが、狭い家だったのでほぼ共用のような状態で使っていましたが、それでもだれも父親からは移されていませんでした。逆に、裸足で父親の足にタッチしたりして、「うつる、うつる~」とバカにしていました。

その祟りなのでしょうか?高校に進学して、文科系の部外活動に所属していた私ですが、ある時足の爪を切っていた時に爪が白っぽい線がたくさん入っている事に気づきました。何か運動してぶつけたような記憶はありませんし、その時はなんだろうというくらいで忘れてしまいました。まさか、高校生になって水虫にかかるとは思いにもよらなかったですし。

でも、数か月してその症状が悪化している事に気づきました。もともと汗をかきやすく、足元も汗で匂いがしてしまうタイプで、高校生になって少し太ってしまったのも関係があると思いますが、その足の蒸れ方が悪化して、そして父親と思われる水虫菌によってだと確信していますが、私も水虫になってしまいました。学校ではプールの授業などもなく、靴やタオルを共用したりする事もなかったので、学校での感染は考えられなかったため、思い当たるのは家でのバスマットかスリッパです。

 

家族以外には話さず父親と一緒にこっそり治療

最初のうちは、足を清潔にしていれば自然に治るだろうと思っていたのでそのまま放っておきました。家族にも話さなかったですし、高校生という敏感な時期に、友達にはもちろん言えるはずはありません。ですが、最初は親指の爪に白い線が入っただけだったのが、全体的に白っぽくなり、足指の付け根も少しかさついてきました。

ここまできて、自分は水虫になったんだと確信し、その原因は父親からだったと確信しました。症状が父親と全く一緒だったからです。そこで、父親にどうやって水虫を治すのかを尋ねました。父親は少し申し訳なさそうな顔をしていたのを今でも覚えています。

足を酢につけるのが一番だと言っていました。当時インターネットもそんなに普及していなかったので、本当に効果があるのかどうか確かめるすべはありませんでしたが、酢には殺菌作用があるというのはおぼろげに知っていました。それで、その日から毎日寝る前に父親と二人で、プラスティックのたらいに穀物酢を入れて、足を酢漬けにする日々が始まりました。

でも、症状としてはそれほど改善されなかったと思います。後に、塗り薬を使うようになったからです。ですが、朝塗り薬をつけて学校にいっても、足の汗で効果は発揮されるのかといつも疑問に思っていました。最終的には、塗り薬もあまり効果はなく、症状はそれほど改善されませんでした。

 

最後には皮膚科に行って飲み薬の処方で完治

父親も何年も水虫が治らなかったので、最終的には病院に行って飲み薬を処方してもらいました。もちろん、別々で行きましたが、処方された薬は同じでした。市販の物を買っても良かったんですが、父親の場合はかなり悪化した状態だったので、病院に行ったのと、私はそれを見て少し怖くなり病院に行く事に決めました。

数回通院しましたが、私の場合は数か月でかなり良い状態になりました。父親も少し時間がかかり、1年ほどで完治まではいかなくともかなり原状復帰といえるぐらい回復しました。高校生の友達には最後まで水虫である事は隠し通しました。水虫が完治してからは、足の臭い匂いもかなり改善されたように感じました。

私はそれから水虫にはなっていませんが、数年後に今度は母親が水虫になりました。それが、父親からなのかは分かっていませんが、母親の場合は私たちを見て学んだのか、すぐに皮膚科に行って薬を処方してもらっていました。高校生になってまさか自分が水虫になるとは思っていませんでしたが、今から考えると厚い制服をきていましたし、革靴を履いて登校していたのも原因の一部だったのかなと思っています。

今は、お風呂では足の指の隙間もきちんとたわしで洗う習慣もつきましたし、水虫になった事で、足の清潔さを意識するようになったので、それはいい教訓だったなと思っています。