中学生や高校生にも多い水虫_恥ずかしくて隠したい体験談

最近では中学生や高校生にも多い水虫!もちろん自衛隊や看護師さん介護士さんにも!いつ、どのようにして感染したのか、水虫になって恥ずかしかったことは?友人や恋人に隠す方法やどのようにして治したのかについて、体験談を集めました。

自衛隊時代に患った水虫に苦しめられている人生

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自衛隊時代に水虫感染

私自身はこれまで、18歳で高校卒業後に、大分県内の陸上自衛隊の部隊への入隊をしたのち、その教育隊期間の間に長時間、部隊内で半長靴(陸上自衛隊で訓練・演習時などで主に履く短めな作業長靴)を履く事が多く、そのため、体の皮膚が弱い体質である私などは、水虫・乾癬・いんきんたむしの病状などに、大変悩まされました。

このため、現役中に医務室や皮膚科などの専門医院などへの通院をしたりしましたが、それでも中々治らず、ついには入隊して2年目の頃には両足の爪の半分くらいが剥がれるなど、悲惨な状態になりました。いわゆる、さらなる爪水虫へ発展したような状態になりました。
そしてそのままの状態で、私は2年目の満期の5月末に退職を無事にしましたが、その後にも自衛隊員時代に罹った爪部分の症状に悩まされる事になります。

 

自衛隊を辞めた後にも悩まされた症状

私は満期退職した後、故郷である鹿児島県内にある電子部品工場のC社へ勤めましたが、キツイ訓練などが無い代わりに、1日あたり優に4時間近くにも亘る労働基準法に明らかに違反していると思われる残業や、ろくにブレーキやエンジンの点検などもなされていないレンタルライトバンに完成した電子部品を積載して、約80㎞も先にある隣の宮崎県側の日南市内にある請負元事業者へ、片道3時間くらいかけながら険しい片側1車線すらない山道を長距離運転したり、それらのような1年近くにも亘る過酷な不当労働行為が、私の足の病状を再び盛り返したりする結果となりました。

工場では立ちっぱなしの状態が6時間以上も続くうえに、その間に何時入るかわからない日南市内への納品運搬等への不安の日々であり、入社1年目にして、自衛隊時代とは異なる惨めな毎日を過ごす結果になりました。通院をしたくても現役自衛官時代のようにそのための時間が中々取れず、そのうえ病状について会社の上司であるM課長や経営者であるW社長などに話しても、話自体を聞き流されたりするような状態でしたので、通院すら出来ない状態のまま、私はそこも2年目に、心身両面においてのキツさから、退職をしました。

 

会社を辞めても爪水虫は良くならず…

そして現在運営をしているインターネット上での事業を、2014年の11月に独立起業を自らの手で行い今年で3年目に入りましたが、病状自体は自衛官時代やC社時代程は、ひどくはない状態です。それでも、いわゆる末期症状と呼ばれるような、爪部分が太くなる形状に両足つま先ともに半分以上がなっている状態ですので、事態は深刻かもしれません。

幸いな事に、現在インターネット上での宣伝広告用の記事作成とプログラマー・アプリ開発などの、IT関連請負業をしていますので、そうした末期の状態にある爪部分の病状の治し方などが専門の医院などを、現在自分がいるこちらの都城市内その他の都市部にあるところを対象に、検索などで探してみようと考えています。

もはや、自衛隊を辞めて以来、約25年間もろくな治療などが出来ないような状態でしたので、完全に経済的自立が出来た、事業主という立場にある今のうちにおいて、本格的な治療や治し方などによる、両足爪部分における完治を目指していきたいと考えています。

 

今後は前向きに治療をしていきたいと思っています

自衛隊を満期退職をした後、国を相手にして損害賠償などを起こそうと自分でも考えたことなどがありましたが、医学的知識に乏しい私自身の事を考えると無理な事は言うまでもありません。
このため、爪部分の末期状態にある病状をこれから、一体どのようにして完治をさせていくのか、そして、どのような専門医院を探し、そこでの完治のための治療をしていくのかが、間違いなく課題になります。
それ故に、何とか完治をしていく事を現在、模索中でもあります。